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少年犯罪について




近年、メディア等でもよく見かけるように、凶悪な犯罪が増えたように思われます。

そして、その中で被疑者が少年・少女であるのも、また増加しているようです。


今回は、この根っこの深そうな問題について考えてみたいと思います。

我ながら、しょっぱなから危険なネタを振っていますねw



少年犯罪の問題については、大きく分けて二つの立場があります。

勿論、折衷案もあるのですが、これに関しては私の考えを述べますので、

ここでは触れません。(興味のある方はそちら系の本をどうぞ)



1、「少年犯罪の根底には社会の揺らぎ・学校教育の荒廃がある。

これを無くしていくには、大人達の問題を解決させる事が不可欠であり、

安易に厳罰・社会的制裁などを加える事によって、少年達の将来を奪っては

ならない。」といったような立場。



2、「少年犯罪の根底には、未熟で有るが故に欲望をコントロール出来ない

粗暴犯や愉快犯的側面がある。また、道を踏み外してもそれにふさわしい制裁が

無いことも、助長の原因となっている。

これを無くしていくには、社会的制裁並びに強い矯正教育を施すべきであり、

安易に社会責任論や、感情的な保護策などに走ってはならない。」

といったような立場。



だいたいは、この辺りに集約されています。

そして、第一の考え方は死刑廃止論などに繋がっていき、

「人権派」という名称で呼ばれるようになります。



一方、第二の考え方は、犯罪被害者保護論などに繋がっていき、

とりたてて呼称はありませんが、最近増えています。



結論から言えば、私は両面のアプローチが必要であると考えます。

その意味で、折衷案です。



理由を述べつつ、簡潔に両者の根拠について紹介すると共に、反論させて頂きたいと思います。


@第一派@
 ・社会に問題がある。
  →抽象的であり、解決策にはなりえない。


 ・学校教育に問題がある。
  →社会教育・犯罪を抑止する精神教育は学校教育よりも、家庭教育に依存する。


 ・大人の問題を解決することが不可欠。
  →必要な事には変わりないが、少年犯罪との関連性が希薄。


 ・厳罰化はダメ
  →考え方を排除する根拠がない。




☆第二派☆
 ・粗暴犯&愉快犯的側面がある、故に制裁
  →その通りだが、いわゆる確信犯に対する抑止とはなりにくい。


 ・社会制裁と強い矯正が必要
  →強い抑圧を加えるだけでは、犯罪の巧妙化を生む危険性がある。


 ・社会責任論や保護策は不要
  →過激なメディア媒体の責任は否定できない。また、非行の時点で抑止することは必要。



以上、それぞれの主張根拠とそれに対しての反論について述べてみました。



で、私の考察。

要は、いかにして少年を守りつつ、かつ犯罪を防ぎ、

起こってしまった場合の対策をどうするか?

だと思うのですよ。


守る側面は、凶悪犯までに至らない犯罪には、矯正教育をもって対処。

同時に、少年たちを社会から隔離するといったような事は行わず、復帰を優先。


防ぐ側面は、従来通りに教育と非行防止策を根気良くやること。

合わせて、メディアに対する規制(例:犯罪が面白いというような宣伝など)


起こってしまった場合は、厳罰をもって対処し、猛省を促す。

再犯などの場合は極刑も視野に。

複数犯や連続犯などの場合は、公開なども止むを得ない。


まあ、ご覧になればお分かりのように、私は折衷派といっても第二派に近いかもしれません(笑)

個人的な話ですが、他人事じゃなかった時もありまして・・


実際この問題はかなりナイーブです。

思想的立場、人生経験、思考パターンなどが顕著に出ますから。

荒らし、叩き、晒しの三大攻撃に合い易いのもこの手のものでしょう。

賛否両論あることも、重々承知しています。


その上で、試金石的な意味合いを込めて、これを第一章とさせて頂きますm(__)m


最後に、いかなる時・立場であれ、頑張って生きて行こうとする人がいるように、

どうやっても立ち直れない人は確実に存在します。

口当たりの良さだけでは、問題は解決しません。

必要な事は、物事を冷静に判断し、躊躇なく決断することなのです。


↑当たり前の事ですが、これが意外と難しいものなのでしょうね・・











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